文学・評論

1.火花

言わずと知れた、ピースの又吉直樹が初めて書いた小説。少しぶっとんだ先輩と後輩の間で起きる様々な出来事や葛藤を描く。主人公は又吉さんにほぼ近いイメージを感じた。
お笑い業界でお笑い芸人がこれだけ苦労しながら競争を生き抜いているのかといった印象と、お笑い、漫才とは何か、を突き詰めて考えようとしている姿が印象的。
文章能力の高さを感じる。芸能人はしゃべりが仕事であるから当然といえば当然かもしれないが、面白く伝える能力に長けている。そのためにはやはり国語力が必要なのだろう。又吉さんは年間で2000冊の本を読むというから本当にすごい。

2.雪の鉄樹

庭師の雅雪が主人公。くそがつくほど真面目な性格で職人として真摯に仕事に打ち込むのだが、問題を抱えていることがわかる。遼平という中学生の面倒を見ているのだが、家族ではない。家まで入って面倒を見るが一緒に食事はしない。遼平の祖母からは冷たくののしられる。
はじめ読んでいてもなぜ彼がここまで我慢に我慢を重ねて生きていかねばならないのかと思ってしまう。
ただ雅雪にはよき理解者がいる。細木老という隠居だ。ただこの老人の孫も問題児で遼平と仲が悪い。
遼平はその問題児と喧嘩してケガをして入院する。そうこうしているうちに遼平の祖母が亡くなる。
遼平には両親がいない。その理由は後に明らかにされる。雅雪には舞子という彼女がいたのだが受刑者。実はその受刑者である彼女が車で事故を起こし、遼平の両親を亡くしてしまったのだ。
舞子とその兄である郁也と雅雪の関係。そして雅雪と親方である祖父と亡くなっている父。
複雑な難しい過去を経て我慢強く義理を通してようやく最後に雅雪は舞子と会える時、幸せになれるのだろうか。
読んでいてミステリーなのかファンタジックな小説なのかと疑問に思いながら読んでいたのだが、こんな小説があるんだ、っという印象。愛と憎しみの連鎖の果てに、人間の再生を描く作。
とても面白い本だった。

3.二十六夜

旧暦六月二十四日から二十六日までの三日間に、北上川沿いの松林に住む梟の群に起こった出来事が書かれている。梟の坊さんが経文を読み、そこに集まった梟たちに説いて聞かせる。お経の内容は、弱肉強食の世界で梟である我々は、この悲惨な世からどうやって救われるのか、といったこと。
みな坊さんの話を聞きながら梟たちはおろおろ泣いたり感心したりしている。その中に梟の3兄弟があり、そのうち2疋はやんちゃで言うことを聞かない。残りの1疋はおとなしく穂吉という。
二十五日の昼、梟の3兄弟のうち、最もおとなしい穂吉が子供につかまり、足を折られてしまう。二十六日の夜、梟たちは穂吉を坊さんの梟のところへ連れてゆき、彼がお説教を聞きたいという最後の願いをかなえてやる。
月が昇り紫雲がたなびくその中に捨身菩薩の姿が現れだ。何ともいえない良い香りがただよっていたかとおもう間もなく、いつの間にか菩薩の姿も消えて月だけがこうこうと輝く中で、梟たちは穂吉が冷たくなっていたのを知る。穂吉はかすかにわらったまま、息がなくなっていたのである。

仏教の要素が強く、童話にしては難解。最後の場面は銀河鉄道の夜に似た印象も持った。昔、銀河鉄道の夜をアニメで見て、不思議な感覚を覚えるのと感動したことを覚えている。宮沢賢治の世界をアニメで表現するとわかりやすくなる。本で読むと想像力が大事だと実感する。
宮沢賢治の仏教観も知りたくなった。梟の説教の内容が難しい。よくよくこれからも繰り返し読んで理解を深めたい。
「二十六夜待ち」という言葉があり、江戸時代、陰暦正月・7月の26日の夜、月の出るのを待って拝むこと。月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れると言い伝えられ、特に江戸高輪(たかなわ)から品川あたりにかけて盛んに行われた。

4.心

突然、ある学生が先生の書店でのサイン会で手紙を渡す。そこからメールのやり取りが始まる。

親友を失った青年とある秘密を抱えた先生の間で交わされたメールを軸にストーリーは展開される。

生と死とは何かを考えさせる。メールで徐々に学生は深いところまで先生に相談を投げかけ、先生もそれにこたえていくことを真剣に、そして楽しんでいるかのような感じだ。

先生はまさに姜尚中さんそのもの。悩みに悩み抜き、そして生徒に応えようとし、そのメールのやりとりの過程で学生はたくましく成長していく。

過去と未来があっても、過去があって現在があり、未来がある。過去に縛られることなく、今を生きる。親友の突然の死、その友人と共に惹かれたある同級生。そして東日本大震災、そして学生のライフセーバーとして経験してきたこと。

青年が最後にたどりついた高み、そして最後に先生が自身のことを含め、最後のメールを返信しようとするも送信せず、送らなかったメールとして先生の心の中にずっとしまっておこうと「心」と記されたフォルダの中にファイルをそっとしまったという最後も深い。

小説としてのストーリー展開も面白いが、姜尚中さんが先生として描写され、一緒に深く悩み、考えざるを得ない心境になる。小説としてだけでなく、色々学ばされることの多い本だ。

品川あたりにかけて盛んに行われた。

5.深い河

遠藤周作の本にしては読みやすいと感じる。1994年70歳の時に発表された本。

人生や神といった壮大なテーマを描いているにも関わらず読みやすい。

深い河とはガンジス河だ。ガンジス河には様々な人が集まる。死を待つ人々。祈りをささげる人。そこではどんな人間も受け入れる。

この物語に登場する人々はガンジス河に集まることになるのだが、その人それぞれが目的があってインドに旅する。日本からインドのバラナシへの観光ツアーに参加するのだが、参加者一人ひとりが何かしらの背景からバラナシへ訪問することを決め、バラナシで人生を振り返る。

癌で亡くなった妻の生まれ変わりを探すためにバラナシを訪れた磯辺、人を真剣に愛することができない美津子、ビルマ戦線で極限の飢餓から生還した木口、童話作家で九官鳥に命を救われた沼田、熱心なキリスト教信徒で玉ねぎ(神)を追い求め続ける大津、インドに魅せられた添乗員の江波といった面々を通して人生の意味を考えていく。

遠藤周作本人の体験が取り込まれていて、自伝的な要素が取り込まれている。

作者の深い洞察と経験、小説の構成力等、学べる要素がたくさんあって考えさせられる。

なんどか再読したい本。

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