第1次世界大戦を終結するため,1919年6月 28日パリ郊外のベルサイユで,連合国側とドイツとの間で調印された講和条約。アメリカそのほか数ヵ国はこの条約に参加しなかった。内容には国際連盟案など戦後の世界平和を目的とした条項も存在したが,他方では敗戦国ドイツに,フランスやポーランドなどへの領土割譲,ライン川左岸の非武装化,オーストリアとの合併禁止,海外植民地の放棄,ドイツの戦争責任を根拠とする巨額の賠償などを課し,講和に向けて W.ウィルソンが発表した十四ヵ条平和構想にはほど遠い不公正な条約となった。そのため,この条約に支えられた戦後世界のベルサイユ体制にも,重要な問題を残すことになった。ドイツは 36年一方的にこの条約を廃棄した。

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