記憶の残し方

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昔から悩んでいることがある。

打合せの際など、ノートや手帳に打合せした内容や結論をシャープペンで書いておくのだが、要点だけ記録するということができず、内容を網羅的に記録しておこうとノートに書こうとするあまり、字が汚くなってしまうのだ。

記憶を残したそのノートや手帳は断片的には利用することができる。例えば時間があまり経たない間にパソコンでワード分にしてまとめ直し時には有効なのである。

だがまとめ直すことをしないとそのノートなり手帳には後で何を書いてあるか全くわからず、意味がない代物となってしまうのだ。

要点だけ書こうとするとその打合せしたプロセスが後でわからなくなってしまったりするものだから、私はできるかぎり、打合せした内容の時間的順序も含めて振り返ることができるように記録を残そうとする。

すると聞くことと書くこと、話すことを同時並行的に行わねばならず、結果として字は汚くなる。

いや、そもそも字を綺麗に書くこともできないことも問題なのだが。

それだからゆえにノートを綺麗に書くといったことは昔から苦手だった。ノートを過去から振り返ることができるようなものもない。

だからパソコンは助かっている。少なからず汚いノートからおさらばできる。

しかしパソコンは持ち歩くことも困難なケースもあるし、スマホも記憶にとどめたい内容をリアルタイムに転写しにくい課題がある。

パソコンも軽量なもの、スマホも高性能なものを使えばそれなりにリアルタイム性を持つかもしれないが、それなりなものを買わなければならない。

やはり書いた方が記憶に定着するといった考えもある。

しかし自分の頭の記録ほど不確かなものはない。

そういう意味ではやはり、パソコン、スマホ、ノートをうまく活用し、最後にファイル形式としてワードやエクセル等でまとめる。あるいは個人の考えであればブログやHPにアップする方法が最良であろうか。

そういう意味では山崎恭司さんの「聴く!技術士二次試験一発合格のツボ」は自分の頭を整理すること、頭に記憶を残していく手法として非常に参考になった。

この本を読んでおきながら今年は技術士試験を受けないことにしているのだが、技術士資格取得に限らず、子供でもビジネスマンでもリタイヤされた年配の方でも年齢に関係なく、情報を論理的に整理し、頭の記憶に焼き付ける方法論を学ぶことができる。

今、梅棹忠夫さんの「知的生産の技術」を読んでいるのだが、梅棹さんが指南することも類似している。

知識の獲得の仕方をどうすればよいのか。そしてどうやって知的生産を行えばよいのか。

知的財産とは既存の、あるいは新規の様々な情報をもとにして、それに、それぞれの人間の知的情報処理能力を作用えて、そこに新しい情報を作り出す作業である。

人は情報を得て、整理し、考え、結論を出し、他の個人にそれを伝達し、行動する。これは程度の差こそあれ、皆がやらなければならないことだ。

梅棹さんはこう指南する。

「情報の時代、情報の洪水にどう対処するかということについて、対策が考えられるが、個人としてどのようなことがひつようなのか、時代とともに繰り返し検討してみることが必要だ」

個人の知的武装が必要である。

脳科学者である茂木健一郎さんが言うようにやはり「猛勉強」しなければならないのだろう。

ひたすら学び、記憶にとどめ、整理し、自分の意見や総論をまとめるという鍛錬が必要なのだ。

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