チコちゃんの番組の話は昨年の夏、初めて聞いたのだが今日、初めて番組を見た。

何気に当たり前のようにしゃべっている言葉や当然のことと感じていたことに対してなぜ、と問いただす。

本当に世の中、身の回りのことからして知らないことだらけで頭が下がる。

ちなみに今日の番組では「ご馳走様」はなぜ様がつくのか、何に対して様なのか。という問い。

答えは韋駄天であり、その理由は次に示すとおりである。

ご馳走だから食べ物に対して感謝して食べ物、はたまた神様、という言葉が番組ではでたし、自分もそうだと思っていたのだが、まず御馳走とは客のために奔走して材料を集め、食事を出してもてなすこと。その労に対する感謝の言葉として「御馳走様でした(ごちそうさまでした)」というようになった。

「御馳走」は「馳走」に丁寧語の「御」の字がついて「御馳走」。

「馳走」は「馳」は「馳(は)せる」、「走」も「走る」で、ともに走ること。

どうして走ることと食事がつながったのか。実は「馳走」は仏教から出た言葉である。仏教では、仏教および仏教徒を守護する神が教えられいて、その中に韋駄天がいる。

昔、足の速い人がいると「韋駄天のようだ」、また「韋駄天走り」と言われた。なぜ足の速い人を「韋駄天」というか。

お釈迦さまが亡くなられた後、歯を盗んだ者がいて、韋駄天が盗人を追いかけて取り戻したという俗話から、「韋駄天」とは足が速いと言われるようになったとのこと。その韋駄天がお釈迦さまの為に駆け回って食材を集めてきたという話がある。仏教では、この韋駄天の話から、食事だけではなく、他の人の為に奔走して、功徳を施して救う、苦しんでいる人を助けることを「馳走」と言う。

韋駄天様が駆け巡って食物を集めたことに由来し、食物を用意してくださった人たちに感謝の気持ちを込めて、「ごちそうさま」という謝意を表す言葉が生まれたのである。

この話の他、お雑煮はなぜ「雑」なのか、インコはなぜ、声の真似をするのか、といった問いがあり、それぞれ奥深い答えが。

チコちゃんのぼーっと生きてんじゃねーよ、という叱りは物事を深く考えることの大切さを教えてくれる。