自分が所属する部門はグローバル化とはほど遠い。会社としてグローバル化を果たしているのだが、所属する部門、グループが今後、グローバル市場でよい仕事をするためには「世界で通用する見識」を磨かなければならない。「見識」とは物事を深く見通し、本質をとらえる、すぐれた判断力。ある物事に対する確かな考えや意見だ。

よく言われる話として、日本の戦後教育が歴史や哲学、古典などのいわゆる「リベラルアーツ」をあまりにも軽視してきたため、と言われる。欧米のエリートクラスの人材の多くは、専門に入る前の段階で歴史や哲学などのリベラルアーツ系の勉強を叩き込まれており、それが前提になっているとのこと。

日本の大学でも教養を1年目で学習することになっていて、自分もそうだった。教養を高める、というのがただ物知りになるということではなく、それぞれの地域に根差した文化・歴史を理解し、人間に対する観察力を高めるために不可欠、ということであれば、教養と同時に英語学習がやはり重要で、ハワイに行った時の強く感じた。

子供らたちも中学や高校で学習するが、受験教育で手一杯で、大学で教養を学ぶとしても自主的に強く学ぶ姿勢がなければ難しいのではないか。

決して大人、社会人になってから学習することは遅くないし、積極的に海外へ展開できるよう準備するためにも英語、教養を身に付ける努力をしていきたい。