(1)はじめに
誰もが、そして過去から現在まで人は自分がどういう人生を選べばいいのか、仕事として何をして生きるのが最もよいのか、どういう道徳をもつべきか、この世になにか確かな真理があるのか、この世界は一体どうやってできているのか、こうした問いがある。

そうした問いに対して若き少年期、青年期を経て人間、年を増す毎に社会でもまれ、諸先輩方や書物の中から先人たちの知恵や道徳を学び、啓発を受け、人の生き方の原点を探り続ける旅を送り最期を迎えるのだろう。

(2)人間の成長過程において
誰もがよりよく生きたい、幸せに生きたいと思うのが人間であろう。だが人間は生きるために他者と競争したり、時に仲間意識を持ったり色々ある。

幼少期は心が不安定であるから、傷つきやすい。親に絶対的に愛されていなければ精神的に安定することはできないであろう。

親の愛情が1人の人間に及ぼす影響は比較できないが仮に同じ人間が二回、幼少期、青年期を経験する中で一方が愛情がない親、もう一方が愛情がある親で育った場合、大人になった時にどのように変化するのだろうか。

そこは考えるまでもないとも思う。やはり親なの愛情は間違いなく重要である。愛情というより感心といおうか。

(2)人間力
いつも気持ちをさわやかにしておく。いつも、さっそうとした気分でいる。溌剌颯爽こそ、心の雑草を取り、心の花を咲かせるために、欠かせない必須の条件。

①楽天的であること。

②感謝の念が強い。

③感動する。

人間力を養うのに根本になくてはならないのは、憤の一字である。物事に出会い、人物に出会い、発憤し、感激し、自己の理想に向かって向上心を燃やしていく。そういうものを根本に持っていない人に、人間力はついてこない。

また志、夢も大事である。いかなる志、夢を持っているか。その内容が人間力の大小厚薄重軽を決める。

そして与えられた場で全力を尽くすこと。人生の経験をこそ、なめ尽くすことと言っていい。第四はその一貫持続であり、第五はすぐれた古今の人物に学ぶことである。すぐれた人の生き方に学ぼうとしない人に人間的成長はない。

そして最後に大事なのは素直な心だろう。素直な心、柔軟心こそ、人間力を高めていく上で欠かせない一念であろうと思われる。

 

(3)成長について

自分の生き方、リーダーとしてのあり方などについて、これでいいのかという問いを絶えず持ち、自己を掘り下げていく(求心性)。そして求心性によって体得した心境や世界。それを後輩などに及ぼし、自分のレベルまで引き上げようとする(遠心性)。

そして苦しみに遭って自暴自棄に陥ったとき、人間は内面的に堕落する。同時に、その苦しみに耐えてこれを打ち超えたとき、その苦しみは必ずその人を大成せしめる。

幸不幸の状況は、その人の受け止め方ですべて違う現実を作り出していく。

 

(4)プロ意識とは

(5)子供との向き合い方
子供たちを肯定し、彼の価値を認め、成長を喜ぶことが、親の自然な役割である。

子供たちが「よい子」であることに満足感を得ようとする態度を改める必要がある。親が勝手に思い描く子供のイメージを押し込めることも世間の

(6)人を育てるということ
人間の心は宇宙、自然に似ていると言えなくもない。雑草が放っておくとまたたく間に繁茂する。しかし、美しい花は、水を与え、肥料をやり、丹精込めて育てなければ花開かない。

人間の心もそれと同じである。放っておくと、雑草が生える。心の花を咲かせるためには、絶えず心を見張り、雑草を抜き取らなければならない。

あらゆる荒廃は人間の心の荒蕪から起こる。心を荒れ放題にしないためには絶えず、心の田んぼ、つまり心田を耕さなければならない。

1人ひとりを丁寧に教育し、根づかせ、成長を促す。だがそうして育てた人たちが担う時代の豊かさを、先人が享受することはない。

それでも人を育て続けなければならない。それは命を受け継いで後から来る者に対する、先行する者の不可欠の責務だ。

(7)年の取り方
人間には年寄りと少年の別はあっても、心には老少はない。気に老少があっても、道理に老少はない。年寄りだの、若者だのということのない心をもって、老少のない道理を体得すべきである。