1.子どもの国語力は「暗読み」でぐんぐん伸びる

国語力に乏しい自分が子供にしてあげらることは何だろうと考えていた際に本屋で見つけた本。
絵本の読み聞かせの弊害を説く。絵本には挿絵があって、子供はそればかりに注意を奪われて、言葉を映像に変換する力を養えずに終わってしまう。
言語運用能力と言った時、言葉を映像に変換する力はその基盤でそこでつまずくなら子供は大きなディスアドバンテージを負う。
そこで小学生低学年くらいから「暗読み」に移行すべきだとしている。暗読みとは、寝床での語り聞かせを指し、子供が寝るときに一緒に布団に入り、部屋を暗くして、子供には目をつぶるように言ってやり、おもむろにその日の話を始める。
子供は言葉だけを頼りに闇の中に映像を描くことになる。だからこそ想像力はフル稼働する。匂いや音、手触りまでが、生々しく感知できるようになる。
暗読みの中身から暗読みによって論理的思考力を養う方法から書く力はどう育つのか、暗読みの実践方法等が紹介されている。
名作の紹介等もおもしろい。
以下、感銘を受けた内容。
・つまり、言いたいことを述べるつもりで書き始めても、私たちはやがて情報不足を埋める作業に追われることになります。
・文章はいくらでも書けることを意味します。情報の不足を埋めると、新たな不足が生まれ、その不足を埋めれば、また新たな不足が生まれる。この作業はやむことがないからです。
・では、国語力の差が明らかになる次の瞬間とはいつでしょう。それが「先読み」の力が問われるときです。何度もいうように、文章は不足の情報を補うことで練り上げられていきます。このことは、文章中の言葉は、すべて有機的に結びついていることを意味します。言葉はすべて因果関係によって結ばれているのです。そのことを承知した上で、子供には「先読み」の習慣を身につけさせてください。
・①言葉を映像に変換する脳のシステムを手に入れているか。②先の展開を予測する習慣(「先読み」の習慣)を身につけているか。この二つを確認すれば、国語力はすぐに測ることができます。①は想像力を、②は論理的思考力を裏付けるものなのです。
・書けるようになるためには、正しい読み方を身につけなければなりません。注意を先にではなく、手前に向けるのです。これから読む内容ではなく、これまでに読んだこと。その読んだことの中には何が書いてあって、何が書いてなかったか。その書いてなかったことに意識を向ける。すると、どうなるか。読み手は、その「書いてなかったこと」が、この後にきっと書かれるはずだという予測をし始めます。
・むしろ、人の書いたものを読むだけでは満足できなくなった一流の読み手こそが、一流の書き手へと変身するのです。
・国語がいつでも教科の筆頭に置かれ、国語力こそは学力の要とされるのは、言葉にこうした「認識を助ける機能」があるからです。つまり、さまざまな言語表現に触れながら、世界をよりこまやかに見る認識の目を養ってほしい。