秋田にいたころの幼少期、家に有名どころのクラシック音楽の絵本付きレコードが置いてあり、母親が普段からレコードをかけてくれていたので音楽が身近な存在になった。幼稚園の頃か小学校1年の時だったか、最も好きだった曲はゴシックの「ガボット」だった。その他にもヘルマン・ネッケの「クシコスの郵便馬車」、マリーの「金婚式」、アルルの女の「メヌエット」等、幼少期に好きになった曲は多い。

兄が先にピアノを習っており、自分も習いたいと自ら名乗り出て、ピアノを習い始めた。習い始めた先生にゴシックのガボットを弾いてほしいとお願いしたら、即興でかなり上手に弾いてくれ、度肝を抜かれたものだ。給食の時間、アルルの女の「メヌエット」が聞こえてきて、知っている曲が学校で流れてますます好きになった。

宮城仙台に引っ越してからも引き続きピアノを習った。少し厳しい先生で、練習もさぼりがちでなかなかピアノは上達しなかった。しかしブルグミュラーの曲は多数、弾けるようになり、ソナチネまでは練習した。小学校5、6年の時の担任の先生は大の歌好きで、自分に歌の伴奏の練習を強制した。
普通、小学校では・・・係、なるものがあり、自主的に好きな係を選べるはずであるが、5年の時に伴奏役として音楽係をやらされた。6年の時は伴奏するのがいやだったのであえて別の係を選んだのだが、それでもまた、伴奏をやらされた。これがきっかけではなかったとは思うが、ピアノの練習もいやいやながらで、練習もろくにしないままピアノ教室に行き、先生からまったく練習していないのがバレバレで教わるのもいやになり、ついにやめることにしたのだ。

私は人前で何かをするのが大の苦手だったので、ピアノは人前で弾いてなんぼ、というのが見え隠れすると、ピアノを弾くモチベーションが低下していったのだと思う。

ただ小学校の間もクラシック音楽は聴き続けた。ただ自分でカセットを購入することはなく、母親が購入してきたカセットを聞き、ベートーベンの交響曲、モーツァルトの歌劇、協奏曲等、ピアノ曲だけでなく幅広く聴いていた。

ピアノ曲

交響曲